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どん底を味わった人間も変わることができる。野村克也元監督の言葉が印象的だったこと。

      2016/11/01

ペントハウスからの画像ヤクルトや阪神・楽天の元監督である野村克也元監督。

野村克也元監督は、他球団で活躍できなかった多くの野球選手を、野村監督の手腕で蘇らせることに成功。
「野村再生工場」とも呼ばれるようになりました。

どのようにして野村元監督は選手たちを再生させたのか。

BEST TIMESさんの「どん底を味わった人間は、変わる「勇気」が簡単に持てる」から抜粋してお伝えさせていただきます。

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野村元監督が選手の可能性を十分に引き出すことができた理由

野村再生工場の対象になる選手には、「プロ入り以来、ほとんど活躍できないまま移籍してきた選手」や、「かつては主力選手として活躍していたが、その後低迷をして移籍をしてきた選手」なのです。

そして、本当は、それなりの力を持っているはずなのに、その力を活かせないままにくすぶってしまっているケースが多いということ。

選手自身が「自分がどんな能力を持っているか」を正確に把握しておらず、そのために「自分の能力を活かす方法」も身につけられていないのです。
つまり「己を知る」ことができていないために「己を活かす」こともできていない状態。

しかし、これは選手だけが悪いのではありません。

前の球団の指導者が、その選手の可能性を十分に引き出せてあげられなかったことにも問題があるといえるのです。

監督は「気づかせ屋」になること

もちろん選手としていちばん望ましいのは、自ら考え自ら変わる力を持った選手です。

壁にぶつかったときでも、どうすればプロで食っていけるかを自分で必死に考えながら答えを見つけ出し、自力で苦しみを乗り越えていける力を持っていればそれが一番の良いことなのです。
このような選手は、監督が何もしなくても自己成長を遂げていくことができます。

監督の役割は、その選手の成長を見ながら適切なタイミングで活躍の場を与えてあげることだけということ。

しかし、残念ながら選手の中には、己が活きる道を自力で見つけ出せない者もいます。
優れた力を持っていながら、その使い方が間違っていたり、方向違いの努力をしている選手が少なくないのです。

そのような時に監督は、「気づかせ屋」の役割を果たすことが求められるのです。

「おまえが活きる道はここだよ」ということを選手に気づかせ、プロとして生き残るためには何をすべきかに目を向けさせるのです。

野村元監督が選手を再生させるうえでいちばん心がけていたことなのです。

39歳にしてホームラン王になった元楽天イーグルスの山崎武司選手

野村元監督の話ですと、元々素質に恵まれていたために、若いときには天性だけで野球をやっていた選手が多いということです。
しかしやがて体力的な衰えとともに、天性だけでは第一線で活躍を続けるのは難しくなります。

中日ドラゴンズやオリックスに所属していた山崎武司選手も、天性だけで野球をしていたタイプだったのです。

山﨑選手もホームランバッターとして天性の才能を授かりながらも、その素質を十分に活かしきれずにいました。

楽天イーグルスの監督だった野村氏と出会ったときには既に40歳直前。
技術的な上積みはさほど望めず、体力的にもこれから1年1年が勝負になる年齢だった。

ではどうすればよいのでしょうか。
山﨑選手の技術や体力が限界に達しているのなら、頭を使わせるしかない。
技術や体力に限界はあっても、思考力には限界はないからです。

そのため楽天イーグルスの監督であった野村氏は山﨑選手には技術的なアドバイスはいっさいしなかったのです。

言ったことはただひとつ。
「おまえ、もっと頭を使わんかい」だった。

山﨑選手はホームランという「特技」を持っている。
だから相手バッテリーは、ホームランを避けるために外角中心の配球をしてくる。

しかし外角一辺倒だと狙われるから、ときどきインコースを投げてくる。もちろん、これは見せ球にすぎず、ストライクはまず投げてこない。

勝負球になるのは、やはり外角低めだ。それならどのカウントで外角低めを投げてくるかを「読む」ことができたら、こちらも対応が可能になる。

また山﨑選手に対する攻め方は、里崎智也(ロッテ)、細川亨(西武)、高橋信二(日本ハム)といったキャッチャーの性格によってもそれぞれ変わっていたということ。
「このキャッチャーならこの場面でどんなサインを出すか」を考えれば、自ずと球種やコースも絞れてくるものだ。

そんなふうに山﨑選手には「頭を使う」ことを求めたのだ。

山﨑選手にとってはこの頭を使う野球が新鮮だったようである。
彼の野球に対する姿勢は大きく変わり、オリックス時代の2004年には戦力外通告を受けた山崎選手でしたが、2007年には39歳にしてホームラン王と打点王の二冠を獲得。
見事に再生を果たしたのです。

変わる「勇気」を持てた人間だけが成長できるのです。

山﨑選手は最初、野村氏が楽天の監督に就任したときに、「俺は野村さんとは絶対に合わないな」と感じていたのです。

確かに野村氏と会うまでの野球に対する山﨑選手のスタンスは、野村氏とは対照的でした。

では、そんな山﨑選手が、「おまえ、もっと頭を使わんかい」という私の言葉をなぜ素直に受け入れたのだろうか。
おそらく技術的にも体力的にも落ち目になっていることを、山﨑選手自身が自覚していたからだと思うのです。

これがもし山﨑選手が中日でバリバリ活躍していた若いころに「おまえ、もっと頭を使わんかい」と野村氏が言ったとしても、きっと反発したでしょう。

人は、物事がうまく進んでいるときには、聞く耳を持たないものでなのです。
そんなときには、何を言っても効き目はない。

「素質だけで野球をしていたら、いずれ頭打ちになるぞ」ということがわかっていても、黙って見ているしかないのです。

しかし、人は一度挫折をして暗闇の中に放り込まれると、必死で光を求めようとします。

こちらの言葉に聞く耳を持ってくれるのは、このタイミング。
だから選手を伸ばすうえでいちばん大切なのは、タイミングをしっかりと見ながら言葉掛けをすることなのです。

実は野村氏は、他球団を放り出されて移籍してきた選手を再生させるのは、さほど難しいことではないと思っています。

彼らは現状のままでは、自分には先がないことをよくわかっている。再生のためのヒントを必死に求めている。
だから山﨑武司選手は、「もっと頭を使わんかい」という野村監督の言葉を反発せずに受け入れてくれたのです。

崖っぷちに立たされている彼らにとっては、もはや失うものは何もない。
今までの自分から変わることは何ら怖いことではない。
だから変わることができ、再生できるのである。

それゆえに、一度落ちた選手を再生させるのは、そんなに難しいことではないということです。
彼らの危機感と悔しさを利用しながら、ほんのちょっと「気づき」になる言葉を与えてあげればいいだけなのだということなのです。

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親として、自分自身としても考えさせられました。

野村元監督の言葉は、大変考えさせられた内容でした。

親としては、子供に「気づき」になる言葉を適時に与えることが大切です。
それには、子供の行動をよく観察して、よいタイミングで言葉を与えること。

大変難しいことだとは思いますが、親として指導者として努力をする必要があると感じています。

また、自分自身のスキルアップも大切です。

どん底になっても人生を諦めなければ、何かしらの手段が見つかります。
諦めてしまえば、すべてが終わってしまうのです。

お金の勉強も子育ても仕事もブログもすべてが同様だと思います。

人生は厳しい状況に置かれることも多々あります。
ピンチになることもあるでしょう。

しかし、本人の努力はいつか達成されると思うのです。
私自身も、親として、そして自分自身も負けないように、何事にも挑戦しようと野村監督のコメントで考えさせられました。

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